祖母の脳梗塞日記①


なんか前回まで散々よくわからない夢の記憶を書いたあげく放置していたBlogを再開します。

理由は先日祖母が脳梗塞で倒れ、その祖母とどういう風に向き合っていくのか記録したいと思ったからです。
元々備忘録のために作ったblogだったので、ちょうどよいかなと思います。


1.事の経緯


一昨日僕が川越祭りで楽しんでいるときに、一緒にいた母の携帯に「祖母が倒れた、冷たくなっている」との連絡がご近所の方から入りました。


ちょうどその日は別の祭りで父も不在で、祖父が姿の見えない祖母を探して発見したそうです。
もうそのときには身体が冷たくなっていて、急いで救急車を呼び、ご近所の方に母の携帯に連絡してもらったようです。


それでもこの発見がとても早かったらしいことがあとで分かりました。
一命を取り留めたのは、このおかげかもしれません。


近場で飲んでいた父と親類が一緒に救急車に乗り、東京医科歯科病院に運ばれました。
僕たちも川越から急いで帰り、病院に向かいましたが、こんな大事の時に、
駆けつけた家族全員が見事に酒を飲んでいたというのもうちらしいなあと思います。


ちなみに倒れた祖母もお酒が大好きで、どうもその日も一人で退屈していたのかお酒をずいぶん飲んでいたようです。
それで体温が下がったのかなあ・・・


病院に駆けつけた時には、大きな動脈瘤が発見されていて、それが血液の流れをふさいでいるため、
意識がまともに回復しないで麻痺が残ってしまう状態になるか、
それともそうなるくらいなら発症後タイムリミット4時間の血液をサラサラにする薬を投与し、
一か八かの手術をするか、というような状況になっていました。


僕は見ていませんが、スキャン画像?などでかなりはっきり見えたそうです。


医師の詳しい説明は母たちが聞いていたので、僕はひたすらに祈っていました。


「帰って来い」とずっと思い続けていました。

不思議なもので、自分のことだと祈りなんて捧げる気にならず、ただテンパるだけですが、
人のことだと無条件に祈れます。


僕にはどうすることもできないことだからです。


その後しばらく病院でまっていると、動脈瘤が消え、自力で血液の流れが回復してきたと報告を受けました。
何が起こったのかはさっぱりですが、まだ声が全く出せず、身体はうまく動かせないものの、意識もわずかながら回復していました。


僕たちは非常に安堵しました。
つい先刻までは、すぐに生きるか死ぬかの手術を選択する立場にあったからです。


それでもこれからの精密検査によって大掛かりな手術になったりする可能性はあるのでしょうが、
死に直面するような状況から脱したことで、みんなかなりホッとしたと思います。
自然と口数も多くなりました。


それから祖母はER‐ICUに移り、少しだけ顔を見て僕たちは帰宅しました。


長い一日が終わりましたが、僕は帰ってからも深く眠れず、何度も目が覚めてしまいました。



2.さまざまな症状の発見


入院一日目は僕は大学でお見舞いにいけず、母と叔母がまず医師の詳しい説明を受けに行きました。
祖母の様子を見に行くと、言葉が少し話せるようになっていて、身体の麻痺もとれてきてどんどん回復に向かっているとのことでした。
家の猫にも合いたいと言っていたそうです。


二日目は僕も一緒にお見舞いに行きました。


ここから僕の気付いたこと(症状)を色々と書いていこうと思います。
僕の見方は少し冷淡な部分もあると思います。


なぜなら僕は既に祖母が元通りには戻らない可能性を十分考慮に入れているし、
脳を損傷したのだから、少なくとも現状は以前と同じようにいかないことが明らかだと思っているからです。


母は逆にもとからの気質もあってか少々過剰に受け止めているように思います。
女性差別と取られかねないですが、僕の見る限り、女性にありがちな感情を表に出してしまう反応です。


もちろんショックが大きいのでしょうが、大げさに言えば多少ヒステリックな反応をしたり、
祖母がうまくできないことを言葉上やわらかくても明らかに困った様子で対応していて今日は見ていてすこしハラハラしました。

実の母ですから、冷静でいられないことはわかるのですが。


ただ話しかけることは大好きな母なので、あまり幼児相手のような大げさな反応をせずに根気強く一緒にいられればとてもプラスにはなる気はします。


僕は正直言って今の祖母を、子供やもっといえば動物のアナロジーでとらえたりしています。

そういうと「しつけ」的な見方をされてしまうかもしれないですが、そうではなく、
コミュニケーションとしてきちんと利点があることに今日気付きました。


一つには、あまり言葉や態度の表現にとらわれすぎないで、何をしたがっているのか、
「行動」の観察から判断してあげると、相手のしたいことが割りとわかるのです。


子供や動物とはうまく意思疎通はできません。彼らは言葉を僕たちほどには活用できないからです。
言葉や表現上、僕たちと同じルールにはいないのです。


でも祖母は「しつけ」る必要がある状況とは違って、一般常識が十分に残った上で、うまくそれが表現できないでいるのだ、と僕は思いました。
その理由もあとで書きます。


だからあまり表現にとらわれると、祖母のもどかしさを刺激してしまうだけな気がします。


また子供や動物のアナロジーで考えると、祖母の言動に一々動揺したり傷つかずに済みます。
そういう状態であることが仕方の無いことだと多少冷静になれるからです。


それを見下したりするのではなく、やさしく理解できると僕は思います。
こんな僕の立場だからこそ気付くことは意外とあると思います。


僕は言語学を専攻していたときに認知言語学も多少勉強していたので、そうした多少専門的な概念で整理はしますが、
もはやうろ覚えでよく調べたわけではなくあてずっぽで使いますw


これから書いていくことは完全なるシロウトの発見と考察ですが、気付いたことは担当医の方にもどんどん相談しようと思いました。
自分なりにこれはどうして起こるのか、こんなことを試したらどうだろうと思うこともたくさんあったからです。



2-1.顔認識がうまくできない。


行ってすぐ、祖母は母のことがよくわかっていないようでした、僕のこともよくわからなったようです。
ただ母と僕のことと名前、つまり記憶は鮮明なようで、「○○だよ!」と教えてあげたらそれはすぐにわかったようです。


また話している途中で少し間があいたら、「誰?」と聞かれました。
正直これには多少動揺して傷つきましたが、僕が傷つくことと祖母の症状の改善には関係が無いので、冷静に観察しなければいけません。


これはどういうことか考えるに、長期記憶は割りと鮮明であるが、短期記憶やその判断に問題がある状況ではないかと思いました。


ただ、顔認識に関しては、もとから目が悪くなっていたこともあり、
眼鏡をかけてあげるとよく見えるといっていたのでその所為もあったのかもしれません。



2-2.言葉がうまくしゃべれない。


前日深夜には一切言葉を発することができなかったことを考えれば驚くべき回復だと思うのですが、
なまじ言葉を話せるようになると今度はそれが常識的な話法から乖離していることがどうしても気になります。


実際母はかなり動揺していました。


具体的にどういう症状が見れたかというと、語彙が極端に少なくなっているということです。


それは以下のような特徴で見られました。



・指示代名詞を多用する。


まず「眼鏡」がいえず、「あれもってきてないの?」と繰り返していました。
この時母が髪をとかす用のくしをもっていったのですが、それより「あれがほしい」と話し始めました。


その時おでこのあたりを押さえたり、病院のベッドのはじをさすってなにかを探しているような様子を見せていたので、
僕が「眼鏡じゃないの?」というと正解だったようです。


これは訪ねてすぐのことだったので、僕はこの時すぐに祖母への対応を切り替えることにしました。
言葉がでてこないのだ、と分かり、子供や動物のアナロジーで行動で意図を汲み取ろうと考えたのはこの時です。


でも祖母は記憶にある眼鏡の用途やいつもある場所は覚えているのです。

そうでなかったらおでこを触ったり、枕元を調べるような仕草をするはずがありません。


そして身体を伸ばしたかったりする時に「ひざ」とか「ひじ」とか「伸ばす」とか「曲げる」といった名称や動作がうまくいえず、
しきりに「いつものように」とか「ああしたい」とか繰り返していました。


この時分かったのは「あれ」や「それ」などの指示代名詞が多くなることです。
指示代名詞の「指示」自体は、おそらく直感的で直接的なものです。


子供でも「あえ」とか「ああ、ああ」みたいに指を差すことができると思います。
目の前のものを示すにはとても有効です。


ですが言語的に記憶を頼りに「あれ」とか「それ」を使いこなすのはかなり高次の機能だと思います。
こちらがそのシチュエーションをわかるように説明してもらわないと、まず何のことだかわかりません。


うちではよく父が
「あれどこやった」だ「これどこやっただ」と自分だけの記憶を頼りに指示代名詞を使い倒してよく家族に迷惑をかけますが、
祖母の状況ではそれと同じことがおきているように思います。


つまり記憶はあり、それが何のことが自分ではわかっていて結びついているのに、
うまくいえないためにもっとも直感的に「あれ」と言ってしまうのです。


僕なんかはまあ対処する時は大変ですが、客観的に考えると、記憶はあるし、
自分ではそれが何かわかっているのだななんて思って少し安心しました。


ただ自分が指し示したい場所を、自分では差しているつもりなのでしょうが、
全然違うところを差しているような感じがしたのが気になりました。

視覚情報がどこかおかしいか、脳から腕への信号が何かおかしいのかもしれません。



・直感的、感覚的な言葉の使用になる。


僕らが祖母の意図に反していたり、あるいは祖母にとってはかなり妨害と思えるような言動をこちらがとってしまうと、
祖母は僕らを「あんたら頭がおかしいんじゃないか」ほんとに「○○(母)なのか」、
「頭が狂ってる」、「バカ」ということを繰り返していました。


特に「頭が狂ってる、おかしい」はかなり連発されました。


正直動揺とともにムカつきました(なぜなら僕はおかしいのは祖母だと思うからです)が、
例えば分裂病の人が異なる感覚世界を感じるように、祖母も今かなり前とは違う感覚が鋭敏(特に聴覚)なのかもしれないと思い、
ここで意思疎通が食い違うのは仕方がないと考えました。


実際「ニャアニャア」ないているだけのネコよりもコミュニケーションは格段にとりやすいのです。


問題は人間のほうが要求が複雑なことに加え、それがうまくいかないときの暴力的にも感じられるこちらを刺激する言葉遣いなのですが、
これも語彙がかなり少なくなっていることが原因ではないかと思うのです。


おそらく祖母としては「何で分かってくれないのか」ぐらいの意味で使っているのでしょうが、
そうした語彙のうち極めて強い、カリカチュアされた語彙しか残っていないのではないかと思います。


小学生は敬語などほとんど使いませんし(そういう概念がない)、平気で人に向かって
「あんたバカなんじゃないの?」みたいなことを言ってきます。
(たいてい自分の理屈が通らなくて思い通りに行かない時のヒステリーです)


また「頭が良い」とか「強い」とか小学生ヒエラルキーで上位の概念用語を好んで使ってきます。
これはまだ彼らの語彙にニュアンスの多様性が少ないからです。


子供は悪気無く結構平気でひどいこといって人を傷つけたりしますから、おそらく祖母もそういう状態にあるような気がします。


祖母の場合は、子供とは違って、常識は残っていても語彙表現が追いついていないのだと思います。
看護師さんや担当医の方に敬語を使っている時がありましたが、それはそうした長期の記憶にかかわる部分が働いている証拠な気がしました。


また「痛い」とか「怖い(どうやら病院がすごく怖いらしい)」といった言葉は頻繁にでてきます。
これらもとても直感的な言葉です。


こうした言葉はすぐに出てくるのに、自分の意図が伝えられない、伝わらないことにかなり怒っていたように思います。
そうした点も子供と同じですね。


ただこちらの言葉はすごくよく理解している様子でした。
聴覚がかなり敏感になっているような様子からも、聴覚的な機能やウェルニッケ野はある程度機能していて、
ブローカ野に損傷を負ったような言語障害に感じられました。



2-3.幻覚症状


祖母は今病院にかなりの恐怖を感じているらしく、しきりに「怖い」、「家に帰る」と言います。
「ほら、来た」「あっちから来た」とか「あれが怖い」とか奥の方の患者さんのベッドを指差したりしています。


しかし僕らがそれを許さずに、「もう少し回復してからにしよう」と言っても、「頭が狂ってる」呼ばわりされるばかりです。


正直「テメーこのヤロー」と思いますが、冷静に見てみるとどうも治療機械の音や、
頻繁に通る先生たちの回診、看護師さんたちの足音や姿が通り過ぎるのが怖いようなのです。


初めに治療機械の音に気付いたのは、「あれが来る、怖い」と指差した方角に、
寝たきりになって大きな機械が取り付けられた患者さんを見つけ、そしてその機械の音が結構大きいと感じたからです。


「シュコー、シュコー」と僕からするとダースベーダーのマスクから出る呼吸音に聞こえなくもないです。
これは確かにずっと聞いていたら怖い、と思いました。


さらにICUなので、先生や看護師さんは結構な人数で数値をみて回診をして通り過ぎたりしています。
足音が響くと祖母は反応しているように思います。


うまく人が認識できていない感じのする祖母からすると、得体の知れない人たちの姿がやってきたり通り過ぎていくのは
非常に怖いものなのではないでしょうか。


そしてそんな病室で一日ずっとすることもなく過ごしていたら確かに頭が変になるかもしれません。
何か音やシルエットに恐怖を感じるようになるかもしれません。


具体的に誰か特定の人を怖がっている様子ではないので、おそらくそれは感覚的に襲ってくるものなのだと思います。


僕らと話している途中でも関係なく怖がったりするので、何かしら敏感になっている部分やスイッチがあるのでしょう。
僕は今日の観察からだと「音」だという気がしているのですが。


もう一つに幻覚症状とは違いますが、トイレに頻繁に行きたがる、というのがあります。
これはまだいまひとつ理由が分かりません。


ベッドに腰がゴムバンドのようなものでおきて座れる程度に固定されてるのですが、そこからしきりに立ち上がろうとします。

トイレに行きたがるのですが、実際便器をあててしてもらおうとしても出ないのです。


これは精神的な理由で出ないのか、または出そうという感覚が別のものの勘違いなのか、
トイレに行くといえば外に出られると思っているのかちょっとよくわかりませんでした。


ただトイレに関して分かったことは、祖母には「恥」の概念があるということです。


「その場でしても大丈夫になってるんだよ」、といっても祖母はそこですることを嫌がっていました。
「なんでここでするの?」といって嫌がります。


看護師さんを呼んで対処してもらう時も僕らはICUの外まで出ていました。
(結局便は出ないのですが)

おならを出すにも多少抵抗があるような感じでした。


ということは、祖母は排泄という行為を分かっていて、それが恥ずかしいものなのだ、と思っているということです。


そんなの当たり前と思うかもしれませんが、子供は平気でおならやゲップをして喜びますし、下ネタを口にすることが大好きです。
さすがに大便小便はその場でしませんが、野生に近くなるほど排泄と恥が結びつかなくなります。


「恥」は規範が無ければ生まれませんし、人間の特徴的な機能だと思います。


僕は祖母が恥ずかしがっていることにも安心したのです。



2-4.悪意を感じ取る妄想



祖母が病院を嫌がるもう一つの理由に、
「そこにいる人たちが悪い人たちだ」「自分に何かしようとしている」という思いがあるようなのです。


実際後者に関しては病院なので間違いないのですが、そこで相手に対して異常に悪意を読み取るようになっています。


ただこれもなんとなく想像がつきます。


祖母はおそらく自分の行動の束縛に対して非常に敏感になっているのです。


病院としては治療や検査をしますから、何もできない自分は一種のモルモットです。
いつもであればそこに治してもらう善意を感じるところを、
「自分の行動が制限され、自分の人間性が疎外されている」という観点を強調してしまっているのだと思います。


子供は束縛が大嫌いです。
彼らはルールに適応するまではナチュラルなアナーキストのような振る舞いをみせますから
(実際は思い通りにいかなくて愚図ってるだけですが)、自分の行動を制限するものには非常に敏感です。


お互いの約束で始まったことであろうと、自分が不都合になれば命令や強制に感じているところがあります。


こうした時の反応は非常に直接的で、泣いたり、黙り込んだり、まるでこっちの話を聞かないで勝手なことをしたり平気でします。


祖母はその分悪意の読み取りが老成しています。
病院が金をむしりとるところだと思っているようで、僕らが「まだ帰れないんだよ」というと頭のおかしい病院の回し者扱いされます。


きっと看護師さんや先生にも「こいつら自分の心配なんてしてないで金とろうとしている」と思ったりするところもあるのでしょう。


でも僕はその悪意の読み取りの鋭さに感心します。


事実病院はボランティアなんかじゃないし、医師や看護師さんも仕事でやっていることです。
無償の愛ではありません。


子供は無償の愛が当たり前だと思っている点が少し残っていて、この人は子供が好きでそばにいるのだろうと漠然と考えているようです。


これは今日家庭教師をしていてしりましたが、はっきりと
「いや、給料がいいからだ」と生きていくうえで何が必要なのか含め丁寧に説明してあげました。


僕は逆に教わることが多いので、子供の悪意にも、無邪気さにも、素朴な考えの鋭さや逆に理解の足りてなさにも親身に付き合いますが、
これから生きていくうえで良くないだろう幻想は容赦なく打ち砕きます。


祖母の場合はそこら辺の社会のことを十分に理解していて、僕や母が冷静で要られなくて困った様子を見せたりすることにも
少なからず何かを感じ取っているはずで、それが自分の行動を縛るものだから非常に束縛を感じているのだと思います。


病院の営利目的を理解して結び付けているところなど、その鋭さちょっと立派だなと感心したのでした。


ここまで書いてきて思いましたが、僕は冷淡というよりむしろポジティブすぎるのかもしれません。
直らなくても別に良いじゃん、というよりは、ここまでできるんなら大丈夫なんじゃないか、
改善していくことはできるんじゃないか、と思っている節があります。


でもそうしないと僕自身が傷つきますし、これが自分なりの距離のとり方、対応の仕方なのだなと思います。



3.試してみたいこと


ここから自分がこんな風にしたらいいんじゃないか、祖母のストレスが少しは減るのではないかと思ったことを書いていきます。


まずどうにか回復して欲しいのは、病院への恐怖と、言語障害から来る暴力性です。


初めは退屈を紛らわすのと、文字に頼らないもので「マンガ」をなにかもって行こうと思ったのですが、
そうすると聴覚的な部分への刺激と幻覚が改善されない気がしたので、今は音楽を聞かせたらどうだろうかと考えています。


そうすれば聴覚的な恐怖を軽減できるのでは、ということと、
日本語を聞くことで語彙が回復していくのではなどということを考えています。


やはり演歌ですね。好きなのは。
明日は僕の好きな美空ひばりをセレクトしてもっていこうと思います。


あと綾小路 きみまろが好きといっていたので、それの音声も入れてもっていこうかと思います。

あとは今そんなことをしても大丈夫なのか、明日担当医の方と相談してからということになりますが。


最近落語を聴くのですが、そういうのも聴くか明日聞いてみないと。


でもMP3プレーヤーを使いこなせないだろう事が最大の問題です。
どうしよう・・・


今はこれくらいです。

正直これができれば、恐怖、退屈、言語、とかなりの不安要素を改善できるのではと思っているのでうまくいくといいのですが。